早寝早起き3円の得

雑記 高松市在住

起きてしまった。
時刻は午前3時。

そとは真っ暗。
何をしようか。
ブログでも書きますか。

最近さぼっていて書いてなかったし。

そうそう、やっとこのブログがGoogleにインデックスされました。
今までなぜインデックスされなかったのか、謎でした。

風俗の情報載せてるからなのか?
いや、良俗に反するサイトでもGoogleに載るはずだから
それは無いか・・・。

すくなくともインデックスされたわけだから
めでたしめでたし。

それはさておき、、、
 
 
 

人間は考える葦である。
人は考えるのである。
何はなくとも考えまくる生き物なのである。
多分の漏れず僕もそうである。

最近ある本を読んだ。
池上彰監修の「人はなぜ働くか」という本である。

この本にはなぜ働くのか?という問いに関する答えが、
中学生レベルではあるのものの多数紹介されている。

なぜ働くか?
資本主義である以上、労働とは金銭を獲得するためである。
少なくとも僕はそう思う。

働くことは生きること、やりがいを求める、生きる目的を達成する手段、
趣味の延長上、お金のためだけではない、
などと言うのは全て金銭獲得手段の二次的副産物だと僕は思う。

あくまで労働とは賃金を獲得する手段であることが先決であろう。
なぜなら賃金が発生しない場合、人は多くの場合働こうとしないからである。
どれだけきれいごとを並べても、働くことが金銭獲得手段であることに
変わりはない。

こう言うと反論する人も多いだろう。
金目的だけで働いているのではないと・・・。

だが考えてみて欲しい。
給料無しで、その仕事が続けられるのか?
無給で働けるのならば、確かにお金のためではないと言えるだろう。
しかし、そうでないのならやはり金のためであると断言出来るのではないだろうか?

そもそも多くの人が、金のためにやりたくもない仕事をしているように僕は思う。
やりたい仕事につけるのは本当に稀だ。
そのやりたい仕事に就けた人たちも、本当にやりたかったこと以外の雑務に追われるのが
現状ではないだろうか?

この本はそんなきれいごとばかりにフォーカスしているような気がしてならない。
働くとはどうしても、金が欲しい!という本音で語らなけれなならない気がしてならない。

そもそも肉体の維持だけなら、そこまでして働かなくてもいいのではないだろうか?
飽食の日本である。
そこかしこに食料がある。
非常に安価で手に入る食料も多い。
正直収入10万以下での生活なんて、田舎ぐらしすれば楽勝である。
10万以下で良いのなら、生活保護が完備されている日本で
餓死することは稀であると言える。

それでも金が欲しい。
やりたいことをするためには金が欲しい。
欲望を満たすために金が欲しい。
働くことの最大のモチベーションはここにあるのではないか?

なぜ働くのか?
生活のためと答える人が非常に多い。
生活のためなら少量の額で済むはず。
自らの欲望を満たすために金が欲しいの間違いなのでは?

そもそも求めなければ、働くことは最小限で済むはず。
月10万稼ぐのと月20万以上稼ぐのでは、働く時間も労力も比較にならないはずである。
これはもちろん正規雇用よりアルバイトをしろということではない。
働き方が多様化している現代において、
生命維持の最低限を労働で補った場合、
そこまで労働に時間を割かなくてもいいのではないだろうか?

自分が大して働いてもないから正当化するわけではないが、
このブログにしたってそうである。
このブログが大きな収益を上げるということは無いと思う。
あたりまえである。
あくまで趣味の延長上として、
収入にフォーカスしていないブログである。

そもそも筆者の収入は僅かである。
しかし、その僅かな金額で全支出を賄えている。
つまり、生活のための労働は必要ないとも言える。
そうなったときに人は何をするか。

収入にならなくても働く。
ある意味、このブログもそうだろうし、
多くの芸術家や思想家などもそうかもしれない。

「なぜ人は働くのか」

この本はきれいごとばかりならべている。
と僕は感じている。
働くということは泥臭い側面がどうしてもある。
金のためという本文があるからだし、
金を支払う以上、雇用側もある程度きつい条件を突きつけてくる。
中高生を読者層にするのならばこういった本音を出してほしかったなと思う。

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